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2015年8月16日 (日)

サントリートートバッグ問題について思ったこと

五輪エンブレム問題で渦中の人となった佐野研二郎氏の事務所のHPに,
サントリーのトートバッグ問題についてのコメントが掲載されていました。
http://www.mr-design.jp/

同業者の方はご覧になってお気づきになると思いますが,この文章,明らかに弁護士が作成に関与しています。素案を弁護士が書いたのか,佐野氏が書いたものに弁護士が手を入れたのかはわかりませんが,弁護士のチェックを経た最終稿であることは間違いありません。

そういう匂いを発している文章です。

以前このブログでも佐野氏の会見内容が残念であったと書きましたが,今回のコメントもいかにも舌足らずで,どうして佐野氏はこういう表現をしてしまうのかな,と思いました。

コメントによると,今回のトートバッグは,佐野氏がビーチやトラベルという方向性で夏を連想させる複数のコンセプトを打ち立てたところから作業がスタートしたとされています。あとの作業はスタッフが中心になって行い,それについての自分のチェックが甘かった,ということになっています。

これを読んで,

   あぁ,どうしてこういう説明にしてしまうのかな。

と思いました。

今回取り下げをするという重大な決断をしたのは8点です。その8点のそれぞれについて,佐野氏がどういう「コンセプト」を打ち立てたのかという,具体的なことをどうして説明をしないのでしょう。

また,例えばネットなどで話題になったフランスパンについていえば,フランスパンが「ビーチやトラベル」とどういう関係があるのでしょうか。鳥や本のイラストも同様です。わかったようなわからないような,何とも気持ちの悪い説明です。

さらに,コメントによると,佐野氏のコンセプトに基づき,各デザイナーがデザインや素材を作成し,佐野氏の指示に従ってラフデザインを含めて約60個のデザインレイアウトする作業を行ってもらったということになっています。

ここが今一つ分かりにくいのですが,おそらくトートバッグに使用されたアイテム,パーツをデザイナーが作成し,それをレイアウトしたということなのだろうと思います。当然ですが,各デザイナーが作成したデザインや素材の中にも,またレイアウトしたものについてもボツになったものがあることと思います。

そのあたりの説明がないので,とても安直に作成されてしまったような印象を受けてしまいます。

クリエイターの仕事は,最終的に出来上がった作品に向かって一直線に進むものではなく,様々な試行錯誤を経て,創作過程の分岐点で,さまざまなな選択肢から他を切り捨ててある選択肢を選ぶ,というプロセスを経ていくものだと思います。そのあたりの説明を捨象してしまうと,とても安易に創作されたもののようになってしまうものではないでしょうか。

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ところで,冒頭でも書きましたが,この文章は弁護士が関与して書かれています。

そう思ってみると2度にわたってでてくる「著作権法に精通した弁護士」というくだりはとても興味深いです。このコメントをチェックした弁護士は,自分について「著作権法に精通した」という形容詞を冠されることを容認しているということになります。もしかしたら件の弁護士が自ら加筆した形容詞かもしれません。

法曹養成制度の改革により弁護士の数は急増しましたが,その中に著作権を専門分野とする弁護士は決して数多くいるわけではありません。ここで彼(弁護士)が単なる「弁護士」ではなく「著作権法に精通した弁護士」という言葉を使ったことには,自分が著作権を専門分野とする数少ない弁護士の一人なのだという自負(自慢),そして著作権を専門分野としない弁護士に対する多少の優越感を感じます。

しかし,「精通」というのはなかなか自称するにはハードルが高い言葉で,現に私の知っている限り,私が思う著作権に精通した弁護士が「著作権法に精通している」と自称したことを見聞きしたことはありません。また著作権法といっても,音楽,美術,文学,プログラムといった著作物の種類,そして著作権と著作隣接権,さらに著作隣接権でも実演家の権利,レコード製作者の権利,放送事業者の権利などの権利の種類・主体は様々で,しかもそれぞれに特有の深い問題があります。例えば私は出版関係は仕事でよく接しますが,プログラム,ソフトウェアの問題については抽象的なことはともかく具体的なことは詳しくないというのが本音です。「著作権法に精通した弁護士」という表現は容易に使えるものではありません。

佐野氏を巡る騒動は過熱化する一方ですから,一連の対応についてアドバイスをしている「著作権法に精通した弁護士」はいずれ姿を現すことと思いますが,いったいどなたなのか,とても楽しみです。

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さて,話を今回のコメントに戻しましょう。

今回のコメントの歯切れを悪くしている一つの問題は,法的問題とご自身のポリシーの問題がごちゃごちゃに書かれていることです。

コメントによると,今回のデザインの法的見解は「著作権法に精通した弁護士」に確認中とのことですが,法的問題以前に第三者のものと思われるデザインをトレースし,そのまま使用するということ自体が,「デザイナーとして決してあってはならないこと」,「私のデザイナとしてのポリシーに反するもの」であるため,法的見解はひとまず措き,引き上げることを決めたとのことです。

他方で,現在スタッフに対する教育を充実させると共に,再発防止策として,制作過程におけるチェック項目を書面化するなどして,同様のトラブル発生の防止に努めて参りたい,とも書いてあります。

しかし,ご自身のポリシーに反するというのが引き上げるの理由なのだとしたら,スタッフに対してご自身の制作に際してのポリシーを伝えれば足りることではないでしょうか。そこに「著作権法に精通した弁護士等の専門家」が加わる意味がどこにあるのでしょう。

そもそも,デザイン事務所という現場のスタッフは,佐野氏のポリシーを理解し,そこに共感とプライドを持った集団ではないのでしょうか。今回の佐野氏のコメントを見ると,どうもクリエイティブな共同制作集団というより作業場・工場のような印象を持ってしまいます。

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なお,Facebookでも書いたことですが,法律論だけで考えると,他人の写真の被写体であるフランスパンを素材とするなど,ネット上に転がっている写真やイラストを拝借する際には,いったんその写真をPC等に保存しています。その後作業をして結果的に著作権侵害にならないような加工改変を加えた場合,最終的な成果物だけに着目すれば著作権(複製権・翻案権)の侵害にならないでしょうが,実はその作業過程で他人の写真・イラスト等をPC等に保存した時点で複製権侵害が成立してしまうように思います。

また,これもFacebookでも書いたことですが,倫理・モラルの問題の問題について言うと,今回のトートバッグは天下のサントリーのお仕事です。電通を介しているようですが,夏の飲料商戦の最中の大きなキャンペーンですから彼に支払われる報酬も悪くないと思います。

また,広告業界には疎くても,一消費者としてウィスキーなどのサントリーの広告を昔から素敵だなぁ,と思って育った者としては,自分がサントリーの広告をやらせてもらえるとしたら,報酬の多寡とは関係なく,喜んでやらせてもらうだろうと思います。まして彼は広告業界の一線で活躍している方です。今回の仕事は決してルーティンとして流すようなものではなかったものと思います。

であれば,フランスパンの写真がプリントされたトートバッグを作りたいなら,自分でパン屋さんに足を運び,それができないくらい忙しいなら部下に買ってこさせて,色や焼き目の気に入ったフランスパンを選び,信頼できるカメラマンに撮影してもらい,仕上がりを確認してから作業に入る,そのくらいのことはすればいいのに,

そしてその後みんなでそのフランスパンをかじりながらちょいとワインで乾杯したり,場合によって電通に出す請求書にフランスパンと共にワイン代も乗せてNGをもらうといった遊び心でもあればいいのに,

クリエイティブな現場ってそういうものじゃないの?という気がします。

失礼かとは思いつつ,トートバッグ問題について知ったときには,さもしいなぁ,という印象を持ちました。ご自身がそうでないとしても,さもしい空気の中で仕事をされているのだと思います。

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